山の向こうに、長い城壁が見えていた。
それは、日本の城のように天守を高く掲げるものではなく、大地そのものを囲い込むように、どっしりと横へ広がっていた。
灰色の石と、古い煉瓦。
風に削られた壁。
門の上には、反り返った屋根が静かに重なり、赤い柱は長い年月を越えても、まだ威厳を失っていなかった。
もしも、あれが欲しいと言えるなら。
私は、中国の城が欲しい。
もちろん、本当に自分のものにしたいという意味ではない。
あの広さ。
あの重さ。
あの、歴史が沈黙したまま立っているような空気を、心の中にひとつ持っていたいと思うのだ。
城門の前に立つと、人は少し小さくなる。
高い壁を見上げるだけで、昔ここを通った兵士や旅人、商人、役人たちの足音が聞こえてくるような気がする。
大きな門は、ただ人を通すためだけにあるのではない。
中に入る者と、外に残る者を分ける。
守る者と、攻める者を分ける。
昨日までの世界と、今日からの世界を分ける。
中国の城には、そんな境目の重さがある。
城の中には、広い石畳の道が続いている。
両側には、古い建物が並び、屋根の瓦は朝の光を受けて鈍く光っている。
赤い提灯が揺れ、どこか遠くで鐘の音が響く。
派手な観光地としてのにぎやかさではなく、もっと深いところにある静けさ。
大きな国の歴史が、何度も栄えて、何度も崩れて、それでもまた人が歩き続けてきた場所の静けさだ。
城壁の上へ登れば、遠くに山が見える。
その下には、広い平野と古い町並みが広がっている。
かつては、そこに軍勢が見えたのかもしれない。
土煙を上げて近づく馬。
風にはためく旗。
門を閉ざす音。
壁の上から外を見つめる兵士たち。
そんな景色を想像すると、城はただ美しい建物ではなくなる。
そこには、人が生きるための必死さがある。
守りたい町があり、帰りたい家があり、失いたくない明日があった。
中国の城が欲しいと思うのは、その強さに惹かれるからかもしれない。
豪華な宮殿の美しさだけではなく、風雨に耐えて残った壁の強さ。
何度も時代に踏まれても、まだ形を残している石の強さ。
人の願いが積み重なってできた、静かな強さ。
もし自分の心の中に、中国の城があったなら。
嫌な言葉が飛んできても、すぐには崩れない。
不安な日が来ても、門を閉じて少し休める。
外の世界が騒がしくても、城壁の内側には自分だけの静かな場所がある。
そんな心の城があれば、人はもう少し落ち着いて生きていけるのかもしれない。
夕方になると、城の影は長く伸びる。
赤い空の下で、城壁は黒く大きな輪郭になり、門の奥には灯りがともりはじめる。
昼間の威厳とは違う、少し寂しくて、少しあたたかい表情になる。
長い歴史の中で、どれほど多くの人がこの門をくぐったのだろう。
希望を持って入った人。
不安を抱えて出ていった人。
二度と戻らなかった人。
そして、また帰ってきた人。
城は何も語らない。
ただ、そこに立っている。
だからこそ、人はその沈黙の中に、いろいろな物語を見てしまう。
あれが欲しい。
中国の城が欲しい。
大地に根を張るような城壁と、空へ反り上がる屋根と、時代を越えて残る静かな威厳。
それは、ただの建物ではなく、心の奥に置いておきたい大きな景色だ。
いつか疲れた日に目を閉じたら、その城門の前に立っていたい。
風が吹き、古い旗が揺れ、遠くの山が夕日に沈んでいく。
そして私は、静かに思う。
この城のように、崩れず、急がず、長く立っていられたらいい。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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