大きな門を見ると、なぜか足が止まります。
ただの入口のはずなのに、その向こうに別の時代が続いているような気がするからです。
中国の壮大な門には、そんな不思議な重みがあります。
赤く塗られた巨大な柱。
空へ向かって反り上がる屋根。
細かく彫られた龍や雲の模様。
遠くから見ても存在感があり、近づけば近づくほど、人間よりも歴史のほうが大きいのだと感じさせられます。
門というものは、本来なら通り抜けるためにあります。
けれど、中国の壮大な門は、ただ通過するだけの場所ではありません。
そこには、国を守る意思や、都の誇り、人々の祈りのようなものが込められている気がします。
門の前に立つと、こちらの姿まで小さく見えてきます。
昔の人たちは、この門をくぐるたびに、どんな気持ちになったのでしょうか。
兵士は背筋を伸ばし、商人は荷を抱え、旅人は遠い道の続きを思い、役人は重い責任を胸に抱えていたのかもしれません。
同じ門をくぐっても、人によって見えていた景色は違ったはずです。
朝の光を浴びる門は、堂々としていて明るい印象があります。
夕暮れの門は、少し寂しく、長い一日を見届けたように見えます。
夜の門は、灯りに照らされて、まるで眠らない守護者のように立っています。
門は動きません。
けれど、その前を通り過ぎる人の時間だけは、絶えず流れていきます。
何百年も前の足音も、今を生きる人の足音も、同じ石畳の上に重なっているように思えます。
中国の壮大な門に惹かれるのは、建物として大きいからだけではありません。
その門が、時代の境目のように見えるからです。
外の世界と内側の世界。
日常と非日常。
今と昔。
それらを分けながら、同時につないでいるのが門なのだと思います。
もし目の前に、巨大な中国の門が現れたら、すぐにはくぐらずに、しばらく見上げていたいです。
風に揺れる旗。
屋根の影。
石段に残る時間の跡。
そのすべてを眺めてから、ゆっくりと門の向こうへ進みたいです。
その先に何があるのかは、分かりません。
けれど、壮大な門をくぐる瞬間だけは、自分も少しだけ物語の中に入れるような気がします。
中国の壮大な門。
それは、建物というより、長い歴史が形になった入口なのかもしれません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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