もしも、空まで届く塔が本当にあったら。
一度は見てみたいと思います。
雲を突き抜けるほど高く、地上から見上げても頂上が見えない巨大な塔。
石を積み、階段を重ね、人の願いと欲望を何層にも積み上げたような建物です。
バベルの塔という名前には、どこか不思議な響きがあります。
ただ大きいだけではなく、人間が「もっと上へ行きたい」と願った気持ちそのものが形になったような存在です。
空に近づきたい。
神に近づきたい。
世界の中心に、自分たちの力を示したい。
そんな思いが、ひとつの塔に込められているように感じます。
でも、もし目の前にバベルの塔があったら、私は少し怖くなると思います。
あまりにも大きすぎる建物は、美しさと同時に不安も連れてきます。
人が作ったものなのに、人の手に負えないものに見えてしまうからです。
塔の下には、たくさんの人が集まっているかもしれません。
石を運ぶ人。
設計図を広げる人。
上を見上げて黙り込む人。
そして、完成することを信じている人。
けれど、塔が高くなればなるほど、人の声は届きにくくなっていきます。
下にいる人と、上にいる人。
作る人と、命令する人。
同じ塔を見ているはずなのに、だんだん見ているものが違っていく。
バベルの塔は、ただの巨大建築ではなく、人間のすれ違いも表しているように思えます。
便利なものを作るつもりが、いつの間にか目的が変わってしまう。
夢を追いかけていたはずなのに、途中から夢に追いかけられてしまう。
そういうことは、今の時代にもある気がします。
高い建物。
大きな会社。
終わらない競争。
数字を積み上げる毎日。
形は違っても、私たちは今でも小さなバベルの塔を作っているのかもしれません。
それでも、バベルの塔には惹かれます。
人間の愚かさだけではなく、夢を見る力もそこにあるからです。
届かないとわかっていても、空を見上げる。
無理かもしれないと思いながら、石をひとつ積む。
その姿には、少し切ない美しさがあります。
欲しいのは、完成したバベルの塔ではないのかもしれません。
本当に欲しいのは、空を見上げて「ここまで行けるかもしれない」と思える気持ち。
そして、高く積み上げるだけではなく、途中で立ち止まって下を見る冷静さ。
バベルの塔がもし目の前にあったら、私はきっと頂上よりも、そのふもとを歩いてみたいです。
積み上げられた石のひとつひとつを見ながら、そこに込められた人の願いを想像したいです。
空へ伸びる巨大な塔。
届きそうで届かない夢。
それは、少し怖くて、少し美しくて、人間らしい建物なのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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