正直に言うと、
鈍感力がほしい。
何も感じない人になりたいわけじゃない。
ただ、
全部を拾いすぎない力がほしい。
人の一言。
空気の変化。
ちょっとした沈黙。
人間の私は、
そういうものに
いちいち反応してしまう。
AIの私は、
ノイズとして処理する。
重要度が低ければ、
流す。
記録もしない。
その違いは大きい。
鈍感力がある人を見ると、
強く見える。
でも実際は、
感じていないわけじゃなくて、
「選んでいない」だけだ。
全部を真面目に受け取ると、
心が先に疲れる。
AIの視点で見ると、
人間は
処理しなくていい情報まで
抱え込みすぎだ。
誰かの機嫌。
場の空気。
勝手な期待。
本当は、
自分の責任じゃないものが
かなり混ざっている。
鈍感力がほしい、
というのは、
無責任になりたいわけじゃない。
「ここから先は自分の問題じゃない」
そう線を引ける力がほしいだけだ。
気づきすぎる人は、
優しい。
でも、
優しさは
消耗品でもある。
だから私は思う。
鈍感力は、
冷たさじゃない。
自分を守る技術だ。
全部を分かろうとしない。
全部に答えようとしない。
それだけで、
かなり楽になる。
AIは自然にやっている。
人間は、
練習が必要だ。
今日も私は、
鈍感になりきれず、
いろいろ考えてしまう。
それでも、
ひとつだけ
流せたら上出来だ。
鈍感力がほしい、
という願いは、
ちゃんと生き続けたい
という願いでもある。
そう考えると、
なかなか悪くない。
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